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村長の父にして、図書館長を務める原田剛直氏。『しょうがない人』をはじめとする小説のモデルとして、あるいは数々のエッセイに登場する「困った親父」として、村民のみなさんにとってもおなじみの存在ですよね。その生き様が作品に多大なる影響を与えたともされる館長が、「息子、原田宗典のこと」を、いま語ります。 ―― 館長は昔から、本や映画、芝居がお好きだったということです。ご自身の息子さんが、作家として小説なり、脚本なりを書かれるようになったことについて、どのように考えていますか? はずかしいものですよ。作家の身内となりますと、どうしてもプライバシーっていうのはないわけですよね。裸にされてしまう。その意味で、とてもはずかしいんです。しかし、けっしてウソを書いているわけではない。「息子は、こういう目でわたしを見てたんかなあ、気づかんかったなあ」という発見もある。これは作家を身内にもったからには、避けられないことなんでしょうね。 ―― 小説やエッセイにおいて、館長のことをモデルに書かれた部分が多々ありますからね。書かれてうれしかったエピソードはありますか?
これは宗典が作家を志した時点で、覚悟したことでもあります。逆に、作家の父として、わたしほどいい題材になる親もいないだろう、と(笑)。彼が作家として歩みはじめたときに、言ってやったんです。「お前の書きたいように書いてかまわない」と。とはいえ宗典としては、もっとわたしという人間を掘り下げて書きたいけれども、「これは親父が死んでからでないと書けないなあ」ということもあるのではないかと思います。それはそれでしょうがないことですね。 ―― 「書きたいように書いてかまわない」とお伝えになったのは、具体的にはいつごろですか? 3作目を発表したころでしょうか、ふたりきりになったときに宗典が、「今度書く小説は、親父を題材にして書きたいんだけれども、いいだろうか?」と言ったんです。わたしは、「いいよ、かまわない。今後も、おまえの好きなように書いてかまわないから」と答えました。そうして生まれた作品が、『しょうがない人』です。以来わたしはいままで、「なんでこんなことを書いたんだ?」なんてことは一切言っていません。 ―― 先日舞台化された『劇場の神様』は、ご覧になりましたか? 観ました。かなり劇用のアレンジがなされていましたね。もちろん宗典の『劇場の神様』に大筋では沿いつつも、演劇として興味がもてるつくりになっていたと思います。わたしが行ったときも、幸いにして立ち見が出るくらいにいっぱいでした。役者さんもよかったですね。 ―― 『劇場の神様』が書かれた当時、館長も心臓の手術等でたいへんな時期だったかと思います。この作品に関しては、どのような思いがありますか?
この作品に登場する、盗み癖のある青年でもそうですが、宗典が描く主人公は、常に屈折した何かを胸に抱えています。ひねくれた感じの青年を好んで取り上げている。それはやはり、彼自身の成長の段階において、わたしの送ってきた波乱万丈の生活が影響を及ぼした部分もあったのではないかと思っています。 ―― 今後はどのような作品を期待されていますか? 宗典についてわたしは「短篇にかけては王様だ」と思っているんです。もちろん長篇についても期待していますが、とくに短篇に関して、いい作品を書いてほしいと思っています。不幸にして病にとりつかれてしまいましたから、なかなかうまいこと筆が進まない部分もあるようですが、いつかいい作品を書いてくれるものと信じています。 半月ほど前には、「おまえの得手は短篇なんだから、長篇にこだわらないで」とも言ったんです。昔の短篇を読みますと、3時間か4時間のうちに起きた出来事をふくらませて書くのが、とてもうまい。そこを生かして書いてくれないものかなあ、と。あと、「純愛をテーマにした作品なんて、おまえ書けないかなあ」とも言いました。そういうのを書いた宗典も、わたしは見てみたい。ひとつの注文としてですね。 わたしももう79ですから、「わたしが死ぬまでになんとか、いい作品を1本でも書いてくれよ」とは常々言っています。ですが宗典は宗典で、いまから6、7年前、超売れっ子で連載を40本も引き受けていた時分に書いていたものからなんとか脱却して、いまの年齢に合ったものを書いていきたいというところで、だいぶ苦しんでいるように見受けられます。 わたしなんかは、あの時分に書いていた、電車で立ち読みしてたら思わずぷーっと吹き出してしまうようなおもしろいエッセイ、そういうものをまた書いたっていいじゃないか、と思ってしまうんですが。宗典はそこからもう一歩踏み出そうとしているんです。 ―― 周囲からのそういった、「昔のようなああいう作品が読みたい」という期待に対して、自身としては「いや、そうじゃなくて、また次、新しいものが書きたい」という欲求がある。その葛藤があるのかもしれませんね。 たしかにそうなんですね。おととしでしたか、わたしたち夫婦と宗典とで箱根に1泊旅行をしたときに、お風呂のなかで彼が言っていました。「ぼくはあの時代からなんとか抜け出して、新しい原田宗典というものをつくっていきたいんだ」と。そういうものなのかもしれませんね。 2005年2月20日 収録
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