画・村長妹
館長不在という事態が続いていた当はらだしき図書館は村長の父、原田剛直(かたなお)氏(75)に館長就任を要請、交渉してきたが、このたび剛直氏がこれを快諾、めでたく就任の運びとなった。就任式において剛直氏は、つめかけた記者団を前に「皆様の為にそしてはらだしき村のために尽力したいと存じます」とその意気込みの程を見せた。
今後はらだしき図書館では、剛直氏による書評や映画評などのコーナーが新設される予定だ。
図書館長就任によせて―意外な出会い―

私が旧満州(現在の中共)の鉄嶺市の図書館に初めて足をふみ入れたのは確か小学一年生になる前の幼稚園五才の時であったと記憶してます。

そこに居た館員(或いは館長)の中で氏名はもう忘れたけれども大変親切な子供好きの青年が居て子供が興味を持つ本を選んで薦めてくれたのが私が読書にのめり込む原因の一つになりました。お付き合いの期間は短かったが―というのは一年後には満州鉄道に勤務していた父の転勤で四平街市に移転したからである―。

以来七拾年間図書館通いは今も続いています。昭和二十一年五月に日本の敗戦により中国より引揚者となり祖国に帰国してから四年後父の故郷である長野市のある劇場でその彼に再会しました。その彼とはあの直立不動で歌うスター歌手の東海林太郎(赤城の子守歌等)氏でした。私は早速楽屋に彼を訪ねた処、彼ははっきりと「オー!!直ちゃん」と呼んでくれました。忙しいスケジュールの中スターであった彼とはほんの二十分位の懐かしい歓談で過ぎし日の鉄嶺市の様子や図書館の位置そして私の子供時代の話今は亡き父との交流等を話してくれました。矢張り彼は館長だったのです。彼から東京の自宅住所等を書いたメモを渡されましたが、以後彼が亡くなる迄お会いすることは出来ず専らテレビ等で応援するだけでした。でも私の本好きは彼の指導のお陰だと今でも思っております。

私の図書館の想い出はこれから始まりそして今、はらだしき村の図書館長という名誉な名前をいただきました。皆様の為にそしてはらだしき村のために尽力したいと存じますので何卒宜しくお願いいたします。

原田剛直
旧満州新京市(現在長春市)にて大正十五年(1926年)一月二十五日生

以後父啓樹の勤務する満州鉄道の転勤で新京―鉄嶺―四平街―公主嶺―北京―済南―柳泉と移転。最後は速雲港より敗戦により長崎県佐世保市に引き揚げ、父の郷里である長野県長野市に移住。

以後名古屋―東京―岡山―東京と移転し現在に至る。

開村記念イベントとして、読書感想文コンクールを開催中です。優秀作品は当図書館に収められ、掲載されます。ふるってご応募ください。
コンクールは終了しました

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