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さがや
ふぁーすとくらす 大谷薫平様

今回は、壱組印のお芝居の制作を担当していらっしゃる、大谷薫平さんにお話を伺いました。
―― 制作のお仕事とは、どういったものなのでしょうか?
日本のお芝居の制作は、基本的には、お世話係なんです。雑用係。役者さんは芝居のことを考えるし、作家は脚本のことを考える。スタッフさんは、自分の仕事のことを考える。そんな中で、お芝居を劇場でして、お金をとって、喜んで帰ってもらうってことを考えながら、いろいろなことをしていく、というのが仕事になります。
本当は、アメリカでいうところのプロデューサーの役割を、制作は果たさなければなりません。そういった人材のいるところだけが成功しています。日本においても、プロデューサー的な役割をできる事務所、あるいは制作スタッフがいるところだけが成功していて、ないところは、四苦八苦しながら芝居をしている、というのが現実なんです。
壱組印は、残念ながらほぼ後者にあたります。今回のお芝居でも、一体何を狙って、どんなお客さんにどういう反応をしてもらって、どうなった時を成功とするのか、そして次はどうしていくのか、ということを考えた上でやっていかないと、ダメなんです。お客さんが入って、みんなが、「あー、よかったねー」って言って、打ち上げが終わったらそれで終わり、というのでは、何十年経っても、そのまんまだと思います。
だからそうなってしまわないように、芝居を組んでいる側として、原田さんも大谷亮介も得るものがあり、壱組印全体も得るものがあり、そして、もっとやりたいことができるような状況にしていく、評価も得ていくようなプログラムを考えないと、現実としては、ただのお芝居発表会になってしまいます。
では、それができているのかいうと、ちょっと難しいんですね。座長さんとか、作家さんとかに、「こうしたほうがいいんじゃないですか?」ということを、遠慮して言えなかったりするわけです。かといって強く言えばいいという問題でもなくて、そのへんのサジ加減が難しいです。東京壱組の時もそうでした。当時は劇団員が40人もいましたから。40人をまとめていくだけで精一杯。それ以上考えられない、という状況でした。
今は人数も減ったし、みんなで相談して、これからどうしていこう、という目標が決めやすいですね。そういう意味では、結構やりやすくなってきているかもしれません。
―― それは、『原田宗典アワー』を経てきた、というのが大きいんでしょうか?
アワーは、僕は最初から一緒にやっているわけではないんです。vol.1は、美保子さん(原田さんの奥さん)が制作していたんですよ。ただ、美保子さんは制作なんてしたことがなかったから、当日まで「え? そんなこと知らないでやってたんですか?」といったことが多々あるのは当然で、あまりにも大変そうだったので、お手伝いをしました。だから、アワーを始めた時に、その後の展望が計画としてあったわけではないんです。
―― アワーの延長線上に、壱組印の復活があったというわけでは、ないんですね?
アワーは、原田宗典の挑戦として、というのがありました。ですがアワーをやるとなると、いちばん仲のいい大谷亮介に手伝ってもらうことになるし、そうすると草野徹君も集まってくるし、という具合で、正直、アワーがなかったら、今の壱組印のメンツが、集まって、協力して、何かをやるっていう機会はなかったでしょうね。アワーがあったから、今がある、というのは、確実です。
―― 村長と、大谷亮介さんという、超個性的なメンツお二人を、言葉は悪いけれども、操縦するコツって、あるんでしょうか?
ありますあります。たとえば原田さんの場合。実は原田さん、僕より年下なんですよね。ひとつかな。僕はでも、もともと作家の先生という立場で話していますから、「原田さん」と呼びます。原田さんは、やっぱりどちらかというと、「よしよし」と、おだてるのがコツですね。子どもみたいなところ、きかん坊みたいなところがありますからね。すごくふかあいことを考えている時に、上手におだててあげて、いい環境をつくってあげれば、充実します。だけど、それしか僕には原田さんを支援する手立てがないっていうジレンマもありますけれども。
大谷亮介の場合は、あれでいて、意外と繊細なんですね。神経質で、気にしいです。大声で「自分はこうする!」と言いつつ、細かい配慮をするんです。僕が「それってこうでしょ?」とちゃんと話をすると、「そうだな」と、またすっと折れる。だから意外と操縦しやすいというのはあります。いや、演技の話になるともう、全然ダメですけどね。
やっぱりその人その人の性格っていうのがあるんですね。草野君には草野君の性格。大塚君はもう、コキ使われてるんだけれども、それでも気分がノってくることがあるから、ああしてくっついているんだろうなあ、と思います。それをちゃんと見といてあげて、ちゃんと励ましてあげないと、ヘコたれちゃいます。あれだけ上下関係があると、ねえ。たった4人しかいないのに。
―― 草野さんの性格は?
草野君のすべての行動は、モテようとすることに尽きるんだと思うんです。そういうことしか考えてないんじゃないかな? とまで思います。クールにカッコつけとこう、と。まあ役者としては当然ですし、大切なことですけどね。
―― 意図しなくてもモテそうな感じもしますけれどね。
そうそうそう。けど、キャラクタでごまかすタイプではないからね。大谷亮介は、見てくれよりもキャラクタでごまかす部分があるんだけれども、草野君の場合、そうじゃない。岡山の公演が終わった後で、ビリヤードに行ったんですよ。チーム・ブーギーの中野さんとか僕とか、岡山のスタッフみんなで。そしたら、ビリヤードできる人、そんなにいなかったんですよ。草野君と大塚君が、「僕、できますよ」と言う。
だから教えてもらうと、草野君の教え方は、明らかに、カッコよく打つためのビリヤードなんです。「こうすると、女にモテます!」みたいな。そういう教え方や、言い方だったりするわけです。大塚君の場合は、そんなに上手じゃないけど、くわしい。「どうしてくわしいの?」って訊くと、「僕は、ビリヤード場、生活のためにバイトで行ってたんですよー」と。アイツはそんなヤツです。対照的ですね。
―― 制作会議の場で、ケンカになることって、あるんですか?
ええ、やっぱり作家は作家の思考、役者は役者の思考があるから、けっこうぶつかることは、多いです。原田さんが脚本を書いて、大谷が演じる、というということに関してはうまくいくんですが、ぶつかるのは、それ以外のことです。たとえばチラシのこととか、意見が分かれてしまいます。
大谷亮介は、小演劇とかよく出ていて、カッコよくスマートなチラシをみてきています。それに、お芝居の世界に長くいるので、役者さんの序列、事務所の事情だとか、そういうことがアタマにこびりついています。だけど原田さんは自分のイメージをそのまま絵にして、チラシを作っちゃう。どっちにするかで意見が分かれるんです。
そういった時に、制作である僕の出番になるわけです。結局はブレーキ役になるんです。同じ仲間として、立場がすごく違うから難しいんだけど。みんながやりたいやりたいって言うことを調整してあげて、いかにみんなを納得させられるか、というところが大事だと思います。みんながケンカしちゃったらどうしようもないし。東京壱組時代は、大谷亮介と、原田宗典というラインがすごく強かったんです。で、原田さんの意見を大谷が抑えることはできても、大谷の意見を抑えることができる人が、昔はいませんでした。
それをなんとか抑えられるのが、僕だったんですね。そういう立場でいました。だけど壱組印となった今は、原田さんも僕と連絡をとることがよくあります。いちばん仲がいいのは原田さんと大谷亮介なんだけれども、いざカタチにしていくことに関しては、トライアングルで考えたり、相談したりできるようにはなってきました。これからもいい方向になっていくんじゃないかなあ、と思います。
―― 『小林秀雄先生来る。』のチケットの売れ行きは、どうですか?
先日も中野さんと電話で作戦会議をしたんですが、売り方がやっぱり課題なんです。「日曜日ありませーん」と言うと、「日曜日ないのかー、じゃ、行かなくていっかー」となりますよね。それを、「なるべく、月曜日から土曜日の間で来てくださいね」と言えば、お客さんの動向に影響を与えて、客の総数はずっと違うことになります。それに、THATER/TOPSは、平日に行きやすい劇場なんですよね。都心ということで。
―― 劇場をTHETER/TOPSにした理由は?
そう簡単にとれる劇場じゃないんです。小さな劇場の割には、伝統もあるし、実績もあるので。支配人も、お芝居そのものをしっかりやらせる人です。本多劇場とかもそうなんですが。空いているからとれる、ということじゃなくて、関係をつくって、好意でとってもらう、そんな世界なんです。去年一人芝居をやってみて、支配人も気に入っていて、お客さんも来やすい、ということで、今回もお借りしました。当日のお客さんも来るかな、と思います。実はこのような人気の劇場は、高いわけじゃなくて、ちょっと割安だったりするんです。THETER/TOPSも、良心的な値段です。THETER/TOPSで上演する、と言うとみんなもわかってくれるので、こちらとしてもぜひやりたいなと。だから大谷をはじめとする役者も張り切ります。
―― 中野さんとの作戦会議では他にどのような作戦が?
チケットを売っていきましょうと、みんなを励ましていくニュアンスが大事だよね、ということを話しました。僕が初めて手伝った時、「すいませーん。チケット、あんまり売れてないので、しっかり売ってくださいねー」と言ったんですが、みんなが「はーい」と返事してくれても、ぜんぜん売れないんですよ。そうじゃなくて、「今のチケットの売れ行きでは、このお芝居は中止になります。中止になるまでの決定期間は、あと1週間くらいです」と、こう言うと、わっと売れるんです。結局、お芝居をやってる人も、観てる人も、人間なんですね。訴え方次第で、すごく変わるんです。チケットがどのくらいの売れ行きなのかということをちゃんと言って、それをどう伝えるべきか、ということを考えなければいけません。
―― 『小林秀雄先生来る。』に来てくださる方々へのメッセージを、お願いします。
原田さんとしては、大谷亮介たちに対するお芝居を本格的に書くのは、久しぶりなんです。今は壱組印の公演のために、東京壱組のころと同じように、書いていると思います。いろんなアイデアが溜まっているはずで、それを実現しようとする試みがたくさんあると思います。期待できますよ。
それに、草野君は張り切っていると思います。地元の話ですから。取材にも行ってましたしね。やっぱり見ておくっていうのは意味があるんです。大谷も大塚君も言ってましたけど、「想像を絶する田舎」だったと。その、「想像を絶する田舎」っていうのを、実際見てるっていうのは、すごく違うと思うんです。だから、すごい有意義な取材旅行になったんじゃないでしょうか。
もう、東京壱組がなくなってから、7年くらい経っています。7年も経つと、成長している部分もあることでしょう。客演の方も多くお呼びしていますが、みなさん、非常に個性的で、しかもバラバラって感じなんです。この前、初めて一堂に会する機会があったんですが、とにかくデコボコで、色がまったく違います。それに大谷、草野君、大塚君も加わると、ほんとにみんなバラバラ。それぞれのキャラクタ、雰囲気、性格、すべて違ってて、ひとりとして普通の人間はいない、という集まりが、面白いんじゃないでしょうか。僕も楽しみにしています。
きっと、面白くなります。確実です。
2003年4月10日 収録





