原田宗典 作品リスト

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スペシャル

デビュー作のこと、そして兄、原田宗典のこと
――原田マハさんインタビュー

村長の数々のエッセイでおなじみ、“妹”原田マハさんが、沖縄のとある離島を舞台に描いた小説『カフーを待ちわびて』で、第1回『日本ラブストーリー大賞』大賞を受賞、作家デビューを果たしました。デビュー作、そして兄について語った、マハさんの声をお届けします。

 

作家になった兄をみて、「あー、やられた!」と

――受賞、そして作家デビュー、おめでとうございます。お兄さん(村長)と同じく作家の道へという思いは、以前から抱いていたのでしょうか?

兄が早くしてデビューしましたから作家という存在自体がすごく身近で、憧れでもありました。わたし自身も文章を書くことが好きでしたし。だから兄が作家になったときは、「あー、やられてしまった!」という複雑な思いもありました。

――先を越されてしまった?

そう。でもやっぱり兄のほうが作家になりたい気持は大きかったし、本気で狙っていたのもわかっていました。「なるべくして作家になったんだな」という納得と、うらやましいなという思いが、半々でした。

――そしてまず、アートの道を歩まれました。

兄が文章の世界なら、わたしもアートの世界で勝負してやろうじゃないか、と思って。でも、文章の世界からの誘惑は、常にありました。わたしが何かを書いて、それがよいものだったら、兄にどこか出版社を紹介してもらおうかな、とか(笑)。

――編集者が身近にいらっしゃる環境ですからね。

でも一方では、「それだけはやっちゃいけない」とも。もし本当に作家をめざすんだったら、兄を乗り越えていかなければいけない。それは生半可なことではないでしょう。まずは兄に認められなければならないし、たとえ紹介されてデビューはできたとしても、その後うまくいかなかったら兄の顔をつぶすことになってしまう。

――近くて遠い存在が、「作家」であったと。

そうなんです。「いつでもなれるんじゃないか」という短絡的な思いと、「兄に認められるのは大変だぞ」という思いがあって。兄がデビューしてこの20年間、憧れと焦りで心のなかがずーっとモヤモヤしていたように思います。

――その思いを、お兄さんには?

長いこと胸にしまっていたんですが、4年前にキュレーターとしてフリーランスになったときに「何か書いてみたいな」って兄の横でぽつりとつぶやいたら、「書きたいことがあるんだったら、書いてみれば?」と。そのときは「タイミングが来たらね」って答えて終わったんですけど。

――転機は?

アートの仕事を長くやってきたんですけど、あるとき雑誌社の方から「アートや建築、カルチャーについて書いてみない?」と声をかけていただいて。この分野について書けるライターって、そんなに多くはないんですね。それで、ライターデビューしたのが3年前。この仕事を通じて経験を積んで、書くことに対する抵抗感がなくなってきました。「書ける!」という感触をつかんで、そろそろ機が熟してきたかな、と。

出会いの重なりが生んだ、必然の物語

――デビュー作『カフーを待ちわびて』についてうかがいます。作品の着想はどこから得たのでしょうか?

2004年の秋に、取材で沖縄に行く機会があったんですね。作中の与那喜島のモデルになっている、伊是名島です。海岸で、一匹の犬に出会いました。飼い主の方が海に向かって投げた珊瑚を、たたたーって走って海に飛び込んで、取って戻ってくる。おもしろいなあ、と思って名前を訊いたら、「『カフー』といいます」と。

――本のタイトルにもなった、「カフ―」ですね。

ええ。当然、意味が気になりますよね? 続けて訊いたら、「『幸せ』という意味です」って。沖縄の浜辺で、「幸せ」という名の犬に出会ってしまった!と、もう大感激(笑)。触発されて頭のなかで物語がぱああ~って広がって、「これは何か書けるかもしれない!」と思いました。島には3日間滞在したんですが、ぐるりと島を巡って、いろいろな人の話をきいているうちに、物語がどんどん広がって、那覇に戻るときにはもうプロットはほとんどできていました。

――お兄さんが言っていた、まさに「書きたいこと」が見つかったわけですね。

そうですね。「いよいよ書ける!」って盛り上がるのと同時に、この小説を書きはじめる大切な日を忘れちゃいけないと、「2005年1月1日」に決めました。

――それは忘れないですね(笑)。

でしょう。で、実際に書きはじめて、最初の2週間で3章くらいまでは一気に書きました。そのあとはペースを落として、ぽつぽつと。気合が入ったのは、たまたま読んでいた新聞に載っていた「ラブストーリー大賞」の募集を目にしてからですね。長さ的にちょうどいいし、内容はラブストーリーだし、しかも映像化されるらしい。自分でも書きながら「なんだか映像が浮かんでくるなー、この小説」と思っていたところでしたから、これはピッタリだ、この賞に応募しよう! と。締め切りの2日前に書き上げて、応募した次第です。

――沖縄での出会いと、賞との出会い。運命的なものが。

賞があるから書いてみたということではなくてね。長いあいだ胸に抱いていた「書きたい」という思いが募ったこと、沖縄での「カフー」との出会い、そして賞を知ったこと。これらのタイミングがすべてマッチして、必然として書き上げることができた作品だという思いが、自分のなかにはあります。

――受賞の知らせを受けて、お兄さんの反応は?

わたしよりも驚いてましたよ。「ノーマークだった」って。ノーマークってどういう意味よ? と思いましたけど(笑)。

≫ つづく