原田宗典 作品リスト

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さがや

吉備路文学館館長 千田洋右様


今回は、「原田宗典展」の会場となった吉備路文学館館長の千田さんに、お話を伺いました。

―― 「原田宗典展」開催にいたった経緯をお聞かせください。

文学館というのは、常に何か展示をしている状態でなければなりません。当館は常設展は設けておらず、岡山に関連のある作家たちの展示を続けてきました。岡山出身であったり、滞在していたことがあったり、あるいは岡山を描いた作家たちです。

今年のはじめから現役作家の展示をやろうと企画し、候補を5人くらい挙げました。その中で、年齢が若いということ、作歴が長いということ、若いファンが多いということなどを考慮し、原田さんにお願いしようということになりました。加えて、原田さんと一緒に育ってこられたというファンも多いでしょう。最初に実現できたらと思っていました。打診したところ、原田さんご自身も乗り気になられた。こちらの企画と原田さんの気持とがばちっと合って、これだけのものが、すごく短期間で準備できたんです。

―― 短期間ということですが、どれくらい?

はじめの接触は昨年の11月頃でした。すぐに原田さんからの返事がありました。最初は1年くらい先の開催になるかと思っていたんですが、動きが早かったですね。それは当館が公立ではなく私立であり、僕の決断でいろいろなことができるという背景があったことが大きかったです。官公庁がやっている展覧会ですとスケジュールがきちっと決まっていて、それを動かせないでしょう。その点うちはフレキシブルに対応できたわけです。

また、よその文学館と違うのは、展示も全部、僕以下館員が全員でやっていこうというスタンスであること。展示業者には頼みません。だから収集した展示物と、相手の同意があれば、スムーズに開催までこぎつけられる。ここでも、原田さんの気持とうまくマッチしました。

今回の場合は、インディペンデント・キュレーター(※)をされている原田さんの妹の幸子さんに展示の企画をおまかせしました。当館としては異例のことです。ですがご本人と、ご本人の妹さんがセッションするというのも新しい試みだろうと思いました。でき上がった展示を見ると、僕たちの今までの展示ではなかった発想があって、それは参考になりました。たとえばポリ袋の中に入れたり、クリップで留めたりして本を展示するとか、今までやったことがありませんでしたので、そういうのを見ることができたという意味でも、おまかせした意義があったと思っています。それに妹さんということで子どもの時からずっと見てこられているから、ご本人のことをよくわかってらっしゃる。いい展示になったと思います。
※インディペンデント・キュレーター=フリーランスの立場で、作品収集や展覧会企画を手がける職業。

―― 今回の展示に限らず、吉備路文学館において展示の上で心がけていることは?

文学を展示するのは、非常に難しいんです。作品のできる背景、作家の人生……生まれてくる作品に反映されるものを、いろいろな形で見せなければなりません。文章の一部を見せて、その作家の文章をもっと読みたいと思わせる。あるいは読んだことのある人には思い出させる。そういうやり方しかない。展示期間にしても、当館の場合は他に比べて長めです。そして来館者は県内のみならず全国から来られますので、それに耐え得るだけのものでないといけません。

ですがはっきりいって文学館、お客さんはなかなか入らないんです。お金もうけのためにはできません。収支なんて合わない。でもだからこそ、いかにお客さんに楽しんでもらうかが大事なんです。お客さんが少なかったり、楽しんでいただけてなかったら、お金をかけた甲斐がないでしょう。かといって好きなだけお金をかけられるものではないですから、そこは苦しいところです。

あと、あんまり文学文学と、堅苦しく考えないことですね。そういう意味で、今回の企画は面白かったと思います。ご本人もノってくれましたし。

―― 現役の作家の展示を行うということで、ご苦労は?

うーん、苦労とか、難しいことというのは、僕はないと思いますよ。展示は、楽しんでやるのが基本だと思いますから。展示もひとつのモノ作りと一緒でしょう。その作家をどう表現するかという意味では、昔の作家であろうが現役作家であろうが、同じだと思います。モノを生むのはほんとは苦しいんだけど、そこを楽しくやっていくことです。
普通は資料の多い少ないで出し方が違ってくるわけですが、今回の場合は、膨大な資料の中からカットしていかなければならない。何を生かすかということをご本人と相談しながらできたのは、よかったですね。

たとえばこの展示で、最初は【歴】とか【家】とかいった各コーナーに、サブタイトルを付けていたんです。【操】は高校時代、【稲】は大学時代、【書】はコピーライター時代、というように。だけど途中で、サブタイトルは取ってしまって漢字一文字だけにして、あとは想像におまかせしようということに変えました。見る人の想像力にゆだねるということですね。

説明がないから、見る人が想像できる。その想像の余地を残したのは、面白かったと思います。最初はすごい丁寧に説明しようとしていたんですが、(現役の作家ということで)そう丁寧な説明はいらないでしょう。だから、原田さんに書いてもらった一文字だけにする。見る人が楽しくなる。そういう効果も狙えるのは、展示の楽しみですね。

―― 私たち助役は、村長の物持ちのよさ、保存のよさに驚かされることが多いのですが、今回展示のために寄せられたものについて、どう思われましたか?

実は最初に届けられたものは、原稿と古いワープロだけだったんです。とても少なかったし、種類も乏しかった。これではできませんよ、と言いました。もっと個人的なものをお願いします、と。それでこれだけのものになったわけですが、あえて僕がちょっと不足していると思うところを挙げると、恥をさらしているものがないなあ、ということ。ちょっとカッコよすぎるなあ、と(笑)。創造する苦しみとか、交友関係での悩みとか、そういう部分が出てきてもよかったんじゃないか、とは思っています。作品の中に、そうした苦しみだとか、悩みだとかがあるだけに。

―― ポスター・チラシに用いられている写真ですが、あれはどなたの発案で?

原田さんのアイデアです。思い入れのある写真なんでしょうね。僕はむしろ、チラシの裏側に使った、ご本人の現在の写真を使った方がいいのではとも思ったんですが。ただ、モノクロの写真にしたことで、大多数がカラーのチラシである中で、逆に目立っているみたいです。お金をかけずに目立てるなら、いいですよね(笑)。

―― 今回の展示の中で、ひとつ千田さんがオススメするとしたら、どこでしょうか?

ワープロのところでしょうか(2階、【具】のコーナー)。少々触ってもらって、原田さんの原稿を出してもいいよ、と書こうと思ってたくらい。ワープロを置くために、あえて古い机を探してきてね。雰囲気出てるでしょう。

―― 別会場で、「書斎再現ショー(我輩ノ書斎デアル)」も開催されていますが。

作家本人の書いている現場を見せることは、なかなかないですよね。そもそも現役作家の個人展が、そうそうあるわけではないですが。作家の書斎を再現して見せる、というのはあるんですよ。松本清張にしろ、司馬遼太郎にしろ。だけど生きた作家がいて、そこで実際に原稿を書いている姿が見られるとか、運がよかったら話ができるとか、そういうのはおそらく今までなかったし、今後もないと思いますね。

―― 最後に、村民のみなさんにメッセージをお願いします。

原田さんのファンの方は、一度は来ないとファンとは言えないでしょう。これだけの展示があるのですから。岡山は、原田さんの文学の拠点です。この機会に来ずして、原田ファンは名乗れません。僕は、原田ファンを信じてますからね(笑)。

2004年2月7日 収録