
【単行本】新潮社 2002/12 ISBN 978-4-10-381104-8

【文庫本】新潮社 2007/08 ISBN 978-4-10-125429-6
この本の中には四篇の小説が収められていますが、まず表題作の「劇場の神様」の話からしましょう。
四篇の中で最もボリュームのあるこの作品は、村長にとって一つの標となる作品です。おそらくこの先10年、20年と時が経つごとに「ああ、『劇場の神様』をあの時書いたのだなぁ」と何度も思い返すことになるはずです。題名に「神様」が入っているから、というわけではないかもしれませんが、なにしろいわくの多い作品です。
最初にアイデアを出したのは「発想元帳」を開いてみると2001年の11月だと思われます。そこには「楽屋。ガヤの人々。老俳優の話。スリ、置き引きの噂。真犯人を見る。しかし誰にも言わない」とメモしてあります。
当時村長は、久しぶりに三人称の短篇小説をまとめて書いてみようと思っていた時期で、アイデアは沢山出していました。その中でこの楽屋話を最初に書き始めたのは何故だったでしょう。話の筋をぼんやり考えているうちに、ふと浮かんだのは劇場の楽屋口あたりに必ずある神棚の存在と、公演初日に劇団員全員で公演の無事を祈願する姿でした。そこからこの物語は始まったのです。書き始めると思いのほか筆が進み、本当に神様が力を貸してくれているように思いました。2002年の1月1日を富士山の麓で迎えた時も元旦からこの小説を書いていました。
ところが物語が3分の2を超えた頃だったでしょうか。村長の父親が心臓を病み、命にかかわる手術をしなければならなくなりました。父は76年間健康そのものの人だったので、村長はおおいにうろたえました。「おやじが死ぬ」ということを本気で考えることによって、「自分もまた死ぬ」ということについてつくづく考えさせられました。はたして今の自分に何ができるだろうか。考えても考えても答えは一つしかありませんでした。
「自分は書くことしか出来ない」それが答えでした。
その日からとりつかれたように『劇場の神様』を書き続けました。本当に一文字一文字祈るような思いで書いたのでした。「手術が無事成功したら、おやじにこれを読ませてやりたい。必ず傑作に仕上げる」と祈願していました。7時間以上もかかるといわれていた心臓の手術が行われている最中に、隣のホテルの一室で書いていたのは物語のクライマックスの場面でした。
お蔭様で父の手術は無事成功し、退院後にこの作品をみせると、「実に面白かった。これは傑作だね」と言われ村長は泣きそうになりました。また、辛口の批評家である友人の原研哉に読んでもらったところ、25年来のつきあいの中で初めて「これは素晴らしい」と褒めてもらいました。その他友人、知人、編集者などにみせても評判が良く、自信を深めたわけであります。
また、2002年の11月には「すばる文学賞」の時の選考委員でいらっしゃった佐伯彰一さんと対談した折、意外にも『新潮』に載ったばかりのこの作品を読んでいてくださり、「とてもいい作品でした」とのお言葉をいただき感無量でした。もともと佐伯さんは英米文学を研究なさっていたのですが、そこから日・欧・米の自伝の研究、そして神道の研究へと入っていかれた方で、「どうも君のところには神様が降りているみたいだね」などとおっしゃって笑っておられました。それは作者である村長も何度も感じたことでありました。ついでに話しておくと、この本の装丁をしてくれた原研哉も、実は父親が神主の資格を持っていたりして、どうやらここにも神様が関係していたように思えるのです。
村長にとっての神様は文学であり、この本を読んでくれる皆様でもあります。本の帯に「神様、お待たせしました」という言葉を入れたのは、そんないきさつがあってのことです。どうか沢山の神様に読んでいただけるよう祈っております。
さて、ほかの三篇は急ぎ足で語りましょう。
まず「ただの一夜」。これは冒頭から5ページくらいまでの部分を30歳になったばかりの頃に書いていたものです。その時の自分にはまだ書けなかった“青春の内側”というものを、十数年の時を経てようやく書き上げることができたようです。村長の短篇にしては珍しく濡れ場があります。
「夏を剥がす」は98年の春に新潮の『波』に載せた作品です。いわゆる“少年もの”というジャンルに属する内容で、子どもになりきって書くのに苦心した覚えがあります。
「夫の眼鏡」は2001年の11月に一気に書き上げたものです。最初の原稿には冒頭に「母に捧ぐ」と献辞がしてありました。というのも、実は主人公の照子という名前は村長の母のもうひとつの名前なのです。父と結婚した時に父方の祖父に、「原田の姓になったのだから、名前を照子と変えるように」と言われたのだそうです。しかし母はこの名前が気に入らず、結局ほとんど使わないままでいました。作品の中に使ってやれば、名付け親の祖父も喜ぶのではないかと考えたわけです。きっと祖父が力を貸してくれたお陰で、一気に書き上げられたのではないでしょうか。
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母を悲しませたくないのにどうしても盗みをやめられない主人公の苦しみが伝わってきて、その暗い心の闇があるからこそ、老役者のとっさの機転と味のあるはからいが神業のように冴えて、トイレでの独り言が深く温かく心に響いてきました。トイレとは俗で下品な場所ですが、そこで名優と落ちぶれた老役者が睦まじく語る様は暗示的で、庶民の暮らしの足下に、立派な神様とは別の、泥臭くて人間味のある神さんがいて僕らを見守ってくれてる、煩悩に振り回されて流され、軽はずみな失敗を繰り返す弱い僕らのために、時にひと肌脱いでくれる懐の大きな神さんがどこかにいると信じさせてくれました。原田さんのお父さんが手術を乗り越えこの作品を褒めてくれたのは、神様が、この作品を読まないうちに父を召すには忍びないという慈悲を働かせてくれたのではないでしょうか。「劇場の神様」は原田さんの新しいスタートであり、こんな素晴らしい作品を書いて神様をうならせているうちは、お父さんはずっと健在だと思います。時間がかかっても構いません。これからも読者の心があったかくなるような作品を書き続けて下さい。
投稿者 下山 敏弘 : 2008年02月05日 22:56