≪ もどる
芝居小屋
「黄色い旅」の行き着く先は――壱組印座長・大谷亮介インタビュー
『やや黄色い熱をおびた旅人』の上演を間近に控え、稽古も最終盤に突入! 演出・出演を務める壱組印座長・大谷亮介さんに、芝居の見所などについてお話を伺いました。
「旅した!」と思ってもらいたい
――どんな芝居に?
原田くんの分身のような文学青年(森盛成)が、「戦争と平和」をテーマとした取材のために、世界各国をめぐるお話です。めまぐるしくいろいろな国を訪れ、多くの人々と会い、驚いたり感銘を受けたりしてきた原田くんの実体験を、観客のみなさんも共有しながら楽しんでいただきたい、というのが発想の原点です。観終えたとき、「旅した!」と思ってもらえたらいいですね。
――歌もあり、踊りもある。
そう。訪れるさまざまな国々について、くどくどと言葉で説明しても伝わりにくい。たとえばエリトリアに行ったらアフリカンミュージック、ジュネーブに行ったらアルプスソングというように、その国の特色ある音楽をベースにオリジナルの歌やダンスを作って、音楽の力で国々の個性と魅力を表現したいと思ったんです。ほかにもユーゴスラビアやカンボジア、タイといった国々を訪れます。
――壱組印としてはかつてない大人数の芝居ですね。
これは原田くんの要望もあったんですが、広い世界の“うねり”みたいなものを表すためには、少人数では苦しいかな、というのがありました。何度も出てもらっている俳優陣に加えて、これまで裏方で手伝ってくれていた俳優やゲスト俳優たち総勢10人が、舞台を駆け回ります。
――稽古の手ごたえは?
新劇や小劇場など、出身・経歴がバラバラで、個性も演技の質も異なる10人ですが、そのぶん刺激的だし、妥協がない。これまでの稽古も、俳優陣にはほんとうによくやってもらっています。あとは僕や原田くんがもうひと踏ん張りして、構成をいっそう練り上げていかなければと(笑)。いい芝居になると思いますね。
――はらだしき村の村民にメッセージを。
原田くんが実際に体験し、感じたことを、できるだけ盛り込んで舞台の上で表現したいという思いが、いままで以上に強い芝居です。原田くんの小説やエッセイが好きな方が多いと思いますが、戯曲は、書き方も表現する世界も、まったく違います。「原田宗典にはこんな面もあったのか!」ということを知ってもらいたいですね。劇場でお待ちしています!
2007年6月19日収録
■プロフィール
大谷亮介(おおたに・りょうすけ)
1954年兵庫県生まれ。オンシアター自由劇場に入団。『上海バンスキング』『もっと泣いてよフラッパー』などに出演した後、85年東京壱組を結成、『愛は頭にくる』『箱の中身』『火男の火』ほか、全作品の演出・出演を務める。
96年の劇団休止後も、原田宗典とのコンビで『原田宗典アワー』(2000年ほか)、『劇的人生劇場』(02年)に出演。2003年に草野徹・大塚健司とともに壱組印を旗揚げし、『小林秀雄先生来る。』(03年)、『私は後悔する』(04年)、『種の起源』(05年)を上演。そのすべてで演出・出演。




